レイナが執事日誌を綴る様子をイメージした写真
BUTLER JOURNAL

五十年連れ添うご夫婦の、記念の食卓に立ち会って

レイナ/

バトラー・レイナが、ある記念日のプライベートダイニングを振り返ります。プライバシーに触れぬ範囲で綴る、思い出の花と一皿が、静かに人の心を揺らした夜の記録です。

赤いカーテンと柱時計のあるクラシックな洋間で、執事が着席した女性にワインを供する様子

皆様、こんにちは。執事のレイナです。今日は、私がこれまで担当させていただいた食卓の中でも、特に忘れられない一夜のことを、差し支えのない範囲でお話しさせてください。どなたの、とは決して申せませんが、五十年を連れ添われたご夫婦の、記念のお食事でございました。

この日のために、私はずいぶん前から準備を重ねました。プライベートダイニングというのは、ご自宅の食堂を一夜だけのレストランに変えるお仕事です。外のお店では得られない寛ぎと、特別な日にふさわしい設え――その両方を、ひとつのテーブルの上で両立させなければなりません。献立の相談から、食器の選定、当日の給仕の段取りまで、すべてを組み立ててまいりました。

とりわけ私が心を砕いたのは、装花でございました。事前のお話の中で、奥様が若い頃に大切にされていたお花のことを、そっと伺っていたのです。私はそのお花を、食卓の中心にではなく、あくまで控えめに、そっと忍ばせるようにしつらえました。声高に「思い出の花です」と申し上げるのは、私の性に合いません。気づく方だけが気づく――それくらいの慎ましさが、かえって深く心に届くと信じているからです。

お食事が進み、ふとその一輪に目を留められた奥様が、静かに息をのまれるのが分かりました。そして、隣にいらしたご主人が、そっとその手を取られたのです。おふたりは何も仰いませんでした。けれど、その沈黙のなかに、五十年という歳月のすべてが詰まっているように感じられて――立ち会っていた私まで、思わず目頭が熱くなりました。給仕をする者は、決して表に出てはなりません。私は静かに一歩下がり、おふたりだけの時間をお守りいたしました。

華やかな演出も、腕によりをかけた一皿も、突き詰めればすべては、この一瞬のためにあるのだと思います。食卓は、心が育つ場所。あの夜、私はその言葉の意味を、あらためて教えていただいた気がしております。またこうした食卓のお話も、綴ってまいりますね。

執事が白手袋でナプキンを折り、金彩の皿を配した食卓の設え

ひとつ申し添えますと、こうした記念のお食事では、料理の温度と会話の間合いにも、私はいつも気を配っております。お皿をお出しするのは、おふたりの会話がふと途切れた、その一拍。早すぎても遅すぎてもいけません。給仕とは、味を運ぶだけの仕事ではなく、その場の空気を読み、間を計る仕事でもあるのです。華やかさの裏側にある、こうした地味な心配りこそが、食卓のおもてなしの本当の芯だと思っております。

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