ケンが執事日誌を綴る様子をイメージした写真
BUTLER JOURNAL

若き日のホテルで、私が学んだこと

ケン/

ハウススチュワード・ケンが、駆け出しの頃に一流ホテルで受けた、ある厳しくも温かい指導を振り返ります。おもてなしの原点となった、忘れられない教えのお話です。

木の意匠と暖炉のある高級ホテルのロビーで、執事が手を差し伸べてご案内する様子

皆さま、こんにちは。バトラーのケンと申します。今でこそ大規模な邸宅の運営を任される立場となりましたが、私にも当然、駆け出しの若い頃がございました。今日は、その頃に受けた、忘れられない指導のお話をさせてください。

若き日の私は、一流ホテルで給仕の修業をしておりました。ある日、私が担当していたお客様が「肉は苦手なので、魚料理を」とご希望されたことがございました。ところが厨房からは、なぜか「こちらのステーキがおすすめです」との返答。お客様も「それなら、それでも」と仰ってくださり、私はほっとして、その通りにしようとしたのでございます。

そのとき、傍で見ていたマネージャーが、静かに、しかしはっきりと私を諭しました。「お客様が最初に望まれたのは、魚料理だ。お客様に合わせることが、我々の仕事だ」と。ハッといたしました。お客様が「それでも」と仰ったのは、こちらに気を遣ってくださっただけなのだ、と。本当のご希望を、私は自分の都合で曲げようとしていた。私たちは、すぐにお魚料理をご用意し直しました。

この出来事は、私のその後のすべての礎になりました。おもてなしとは、お客様のご要望に「合わせる」こと。決して、こちらの都合を押し付けることではない。当たり前のようでいて、忙しさや効率に流されると、人はいとも簡単にこの当たり前を見失ってしまうのでございます。あのとき厳しく諭してくださったマネージャーには、今でも感謝の念が絶えません。厳しさの奥に、確かな温かさがございました。

あれから長い年月が経ち、今度は私が、後進を指導する立場となりました。若い人たちに何かを伝えるとき、私はいつも、あの日のマネージャーのことを思い出します。人は、誰かに正してもらいながら育つ。その恩を、次の世代へ返していくことこそ、年長者の務めだと思っております。今後も、お客様にとって快適な空間を提供するために、初心を忘れず努めてまいります。

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