
20世紀以降の執事
衰退の時代を経て、執事はなぜ現代に復権したのか。20世紀から21世紀への物語を解説します。
20世紀の危機
20世紀の危機
1. 大戦と衰退——執事文化の危機

20世紀初頭、第一次世界大戦の勃発は執事文化に最初の大きな打撃を与えました。多くの若い男性執事が戦場に駆り出され、大邸宅も戦時体制下で縮小を余儀なくされます。さらに第二次世界大戦、そして戦後の社会構造の激変が続きました。高い相続税と使用人コストの上昇により、イギリスの大邸宅の多くが維持不可能となり、『ダウントン・アビー』に描かれたような世界は急速に過去のものとなっていきました。
1.1 数字で見る執事の衰退
1911年に約80万人いたとされるイギリスの家事使用人は、1951年には約20万人にまで減少したといわれます。特に男性使用人の減少は顕著で、フットマンやバトラーの数は90%以上減少したと推定されます。原因は複合的です。
戦死者の増加、工場労働の賃金上昇による使用人離れ、そして何より、高い相続税によって大邸宅そのものが維持できなくなったことが決定的でした。1950年代には「執事は絶滅危惧職種」とまで言われるようになりました。
1.2 相続税という決定打
執事文化の衰退に追い打ちをかけたのが、戦後イギリスで引き上げられた高い相続税でした。維持費だけでも莫大な大邸宅は、相続のたびに税負担で切り売りや取り壊しを迫られ、使用人を大量に雇う生活様式そのものが立ち行かなくなっていきました。
1.3 「ダウントン・アビー」の世界が過去になった瞬間
二度の世界大戦と戦後の社会構造の変化が重なり、数十人規模の使用人が仕える大邸宅という光景は急速に姿を消していきました。かつて花形職業であった執事は、20世紀半ばには一時「絶滅危惧職種」とまで言われる存在になっています。
復活への転機
復活への転機
2. 復活の兆し——新たな富裕層と執事需要

しかし、執事という職業が消えることはありませんでした。1980年代以降、世界的な経済成長に伴い新たな富裕層が登場します。中東のオイルマネー、ロシアの新興財閥、アジアの経済発展。
彼らは西洋の伝統的なライフスタイルに憧れ、執事を求めるようになりました。大英帝国の衰退が、皮肉にも執事文化の世界的拡散を促したのです。イギリス人執事が世界中の富豪に引く手あまたとなり、執事は「グローバル職業」として新たな章を開きました。
2.1 映画とメディアが果たした役割
執事復活の背景には、映画やメディアの影響も見逃せません。1993年の『日の名残り』でアンソニー・ホプキンスが演じた執事スティーブンスをはじめとする名作の数々が、「執事とはかくも深く、美しい職業である」というイメージを世界中に広めました。2010年から放送された『ダウントン・アビー』の世界的ヒットは、執事文化への関心を決定的なものにしました。
2.2 新興富裕層が求めた「英国的な暮らし」
中東のオイルマネー、ロシアの新興財閥、アジアの経済発展によって台頭した新たな富裕層は、西洋の伝統的なライフスタイルに強い憧れを抱きました。その象徴として、彼らは英国式の執事を求めるようになっています。
2.3 大英帝国の衰退が生んだ皮肉な拡散
大英帝国そのものは衰退しましたが、その過程で職を失った英国人執事たちが世界中の富豪に迎え入れられたことで、皮肉にも執事文化は国境を越えて広がっていきました。執事は英国一国の職業から「グローバル職業」へと生まれ変わっています。
21世紀の執事
21世紀の執事
3. 21世紀——執事の再定義

現代の執事は、19世紀から受け継いだ伝統的な奉仕と家政管理を核に持ちながら、職域を大きく広げた存在です。テクノロジーを駆使し、複数の言語を操り、経営者的な視点で邸宅を運営します。その姿は「ライフスタイル・マネージャー」とも形容されますが、これは別の職業への置き換えではなく、執事という職業そのものの継承と拡張です。現代の執事教育でも、伝統的なサービスを基礎に、家政管理・国際マナー・IT・財務までを幅広く実践的に学びます。
スマートホームの管理、プライベートジェットの手配、デジタルセキュリティの統括など、執事の職域は21世紀に入り大きく拡大しています。
3.1 現代執事の必須スキル——伝統×テクノロジー
21世紀の執事に求められるスキルセットは多様です。伝統的な給仕技術やワイン知識に加えて、次の能力が求められます。技術の進歩や顧客の国際化が、かつての執事にはなかった新しい素養を必要とさせているのです。
- スマートホームシステムの操作・管理
- SNSやデジタルコミュニケーションのリテラシー
- 複数言語(特に英語に加え中国語やアラビア語)
- サイバーセキュリティの基礎知識
- サステナビリティ(持続可能性)の知識
これらが現代の執事の標準装備となりつつあり、THE BUTLERでもこれらのスキルを備えた執事を積極的に育成しています。
3.2 「使用人」から「ライフスタイル・マネージャー」へ
19世紀において、主人の身支度や衣類の管理、旅行の随行を直接担ったのは従者(ヴァレット)であり、執事は酒類や銀器の管理、食卓の給仕、フットマンら男性使用人の監督を束ねる立場でした。それに対し現代の執事は、ITや複数拠点の管理までを視野に、多様な専門分野を統括する経営者的な視点を持ちます。もはや「使用人」という呼び方では捉えきれない職域の広がりが、21世紀の執事像を特徴づけています。
3.3 スマートホームとプライベートジェットの時代
スマートホームシステムの管理、プライベートジェットの手配、デジタルセキュリティの統括までを担います。21世紀に入り、執事が担う職域はテクノロジーの進化とともに大きく拡大し続け、その専門性はますます高度になっています。
国際化する現代の執事に求められる素養は、養成課程で体系立てて学べます。全日本執事協会が監修する日本執事アカデミーでは、国際プロトコルやVVIP接遇までをマスターコースで習得でき、世界に通用する執事を目指せます。詳しくは公式サイト(butler-academy.jp)をご覧ください。
3.4 執事養成校の登場と国際化
執事の復活を支えたもう一つの柱が、専門教育の整備です。1981年にはロンドンでアイヴァー・スペンサーの執事学校が開校し(現在は閉校)、体系立った執事教育の先駆けの一つとなりました。以後、欧州や北米、アジアにも養成機関が広がり、執事は徒弟制だけに頼らず、学んで身につけられる専門職へと変わっていきました。日本でも全日本執事協会の監修する教育課程が、この国際的な流れと伝統的な作法の両方を教えています。
歴史上の名執事たち
歴史上の名執事たち
4. 記録に名を残した三人の名執事

英国において貴族文化の歴史の陰には、主人を支え、邸宅の秩序を守り抜いた名執事たちの姿があります。華やかな大邸宅の時代から、使用人文化が大きく変わっていく20世紀まで、彼らは時代に応じてその役割を変えながら、執事の仕事と精神を後世へ伝えてきました。学研から刊行された監修書籍『執事のマナーと教養図鑑』では、歴史に名を残した執事として三人が紹介されています。
長年の経験を回顧録に残し、執事としての生き様を後世に伝えたエリック・ホーン。映画の考証を通じて本物の執事の仕事を世界に伝えたアーサー・インチ。そして、使用人文化が大きく変わる時代を生き抜いたチャールズ・ディーン。
三者三様の歩みには、邸宅を支え続けた執事たちの誇りが表れています。
4.1 エリック・ホーン(1860年代〜1920年代)
19世紀末から20世紀初頭に活躍した執事です。若くして奉公生活に入り、フットマンなどを経て、貴族邸宅の執事となりました。のちに自らの経験を記した回顧録『What the Butler Winked At』を残し、大邸宅での仕事や使用人たちの暮らし、執事としての苦労、主人との関わりなどを書き記しています。ヴィクトリア朝からエドワード朝にかけての使用人の日常を、後世に詳しく伝えた一人です。

Eric Horne『What the Butler Winked At』
T. Werner Laurie, London, 1923・Internet Archive(書誌・貸出閲覧)
4.2 アーサー・インチ(1930年代〜1960年代)
15歳で使用人の道に入り、貴族の邸宅で長年執事を務めた人物です。晩年には、英国の貴族邸宅を舞台にした映画『ゴスフォード・パーク』の技術考証を担当しました。執事の所作や晩餐会の給仕を細部まで再現し、映画を通じて本物の執事の仕事を世界に伝えています。その豊富な知識と経験は著書にもまとめられ、執事という仕事の記録者としても大きな足跡を残しています。
4.3 チャールズ・ディーン(20世紀前半)
20世紀前半に活躍した執事です。変わりゆく使用人文化を生き、ボーフォート公爵家でフットマンを務めたのち、同家の執事として経験を重ねました。執事は主人一家と非常に近い立場にあり、ときには意見や助言を求められることもあったと伝えられます。また、優れた執事は銀器を顔が映るまで磨き上げたといわれています。その歩みからは、主人を身近で支え、信頼を寄せられた当時の執事の姿を知ることができます。
